友達から、その子が所属している吹奏楽コンクールに出てほしいと頼まれた。
面白そうだったので、しばらく団員扱いで参加することにした。
そこの音楽監督で指揮者の先生が、最初の練習で私に対して
「音色を見たい」
と言っていたらしい。
最初の練習も吹奏楽コンクール自体もド緊張しながらもどうにかなった。(たぶん)
けどなんだか、その「音色を見たい」の一言がなぜかずっと心に引っかかっていた。
ハンターハンターに、グリードアイランド(ゲーム)のプレイヤーになるために
ゴンとキルアがツェズゲラさんに審査されるシーンがある。
ツェズゲラさんは最初に
「“練”を見せろ」
と言う。
あとで彼自身が
「“練”を見せろというのは、鍛錬の成果を見せろという意味だ」
と説明していて、それもなぜか心に残っていた。
私の話に戻ると
「音色を見たい」と「練を見せろ」
これって一緒ちゃう?と、どこかで結びついていった。
その吹奏楽の先生にとって“音色”は、ただの好みじゃなくて、
その人のしたい音楽、人格、基礎力、技術の高さ…そういうものが全部にじみ出る、
総合的な実力の核心なんじゃないかと思う。勝手な想像だけど。
ハンターハンターの世界で、ツェズゲラさんにとっての“練”が
「修行の成果の核心」だったみたいに。
ツェズゲラ回はそのあとも続いて、
ゲームの中で強くなったゴンとキルアを見て、ツェズゲラさんが
「久しぶりに基礎からやり直すか」
とつぶやく場面がある。
この辺りを読むと、
自分も油断してる場合じゃないな…とちょっと緊張する。
基礎練やるかぁ。